Rail or Fly

レールに乗るのか、飛び降りるのか、迷っているきみに届けたい。

なぜあなたは「自分が自分であること」を自覚してしまうのか?

生きていると、「自分が自分であることなんて、感じなければよかったのに…」と思うことがある。

 

「自分の納得する生き方ってなんだろう」と夜な夜な考えてしまった時とか、大切な誰かと意見が合わなくてケンカしてしまった時とか…。

 

「自分が自分であること」、すなわちアイデンティティなどなければ、こんな辛い思いはしなくてすんだのになぁ、などとため息をついた経験は、誰にでも思い当たるものではないだろうか。

 

実際、アイデンティティというものをそれほど強く感じずに気楽に生きている(ように見える)人も世の中にはたくさんいるし、一見するとアメーバや虫にアイデンティティが存在するとは思えない。

 

(一応注釈をつけておくが、「ヒト以外の生物がアイデンティティを持つか」という疑問に関しては、現状「ヒトと同じ方法ではアイデンティティを表出させてはいない」ということしか言えない)。

 

それではこのアイデンティティという代物、いったい何のために存在するのだろうか?

 

 

 

「なぜ~なのか?」という質問を生物学的に問う時、そこには以下の4つの質問の仕方がある(ティンバーゲンの4つのなぜ)。

  • 究極要因(その行動は子孫を残すのにどのような働きを持つか)
  • 系統進化要因(その行動は進化の過程でどのように現れたのか)
  • 至近要因(その行動を引き起こす直接のメカニズムは何か)
  • 発達要因(その行動は一生の中でどのように獲得されたか)

今回の「アイデンティティはなぜ存在するのか」という問いについては究極要因のみ考えるが、この4つの問いのしかたを知っておくと他の分野にも応用できると思われるので、興味のある方はぜひ下の本を読んでみてほしい(応用のしかたについてはまた今度書きます)。

 

生き物をめぐる4つの「なぜ」 (集英社新書)

生き物をめぐる4つの「なぜ」 (集英社新書)

 

 

さて、アイデンティティはなぜ存在するのか。それは、アイデンティティを感じられる個体が感じられない個体より子孫を残す上で有利だったからに他ならない。

 

ドーキンスの「利己的な遺伝子」は、きわめて単純に言えば「生物は、自らの遺伝子と共通した遺伝子をより多く持つ個体であるほど、その生存を助ける傾向にある」ということを言っている本である。そこに以下のような記述がある。

 

 ふつうは、だれが自分の兄弟かということよりだれが自分の子どもかということのほうがずっと確実である。そして、だれが自分自身かということにはいっそう確信がもてるのだ。(「利己的な遺伝子」p.153)

 

ここでドーキンスが言っているのはこのようなことだ。兄弟姉妹が本当に自分の兄弟姉妹であれば、確率的にはその遺伝子の50%は自分と同じであり、それは親子間における数値と等しい。一方、特に自分が母親である場合、子どもが自分の子どもであることは間違いなく確かであるが、兄弟姉妹の場合、親が不貞している可能性があるためそこまで確かではない。そして、自分が自分であることは疑いようもなく確かだ。

 

このように、いわゆる近縁度(ざっくり言うと遺伝子の共通度)だけでなく、その近縁度の確からしさ、確実性というようなことも、自らの遺伝子のコピーを後世に残す上では大切なのだ。

 

つまり、自分が自分であることを自覚できる、アイデンティティを持っているという形質は、自らの遺伝子のコピーを間違いなく後世に伝える上で非常に重要なものなのだ。

 

もし自分と他個体の区別のつかないヒトがいるとすれば、自らの命を省みず他個体を助けた聖人として歴史に名を馳せるかもしれない。だが彼あるいは彼女の遺伝子のコピーは、ほとんど遺伝子的な共通点を持たない他個体を助けることに自らの命を賭けた結果、子孫に受け継がれることはないだろう(子は残さないが名は残すという意味では、彼あるいは彼女のミームは後世に残ると言えるかもしれない)。

 

(ここでまた注釈。もちろん、遺伝子によってヒトの行動がすべて決定されるということは僕は信じていないし、善意や思いやりがすべて遺伝子的な損得に基づいているというドライな考え方であらゆる人間の行動が説明できるとも思えない。「利己的な遺伝子」はあくまで一つのものの見方を提示しただけだということを、僕は強調しておきたい。)

 

利己的な遺伝子 <増補新装版>

利己的な遺伝子 <増補新装版>

  • 作者: リチャード・ドーキンス,日高敏隆,岸由二,羽田節子,垂水雄二
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眠れぬ夜などにふと「なぜ自分は自分であるのか」ということを考えてしまう人に、何かしらヒントになればと思ってこの記事を書いた。

 

アイデンティティなるものが、30億年という生物の長い歴史の中に必然性を持って立ち現われてきたのだと考えることができれば、少しはぐっすりと眠ることができるのではないだろうか。

 

どうしようもない悩みを抱えた時に、見上げた星空の高さや宇宙の壮大さに自分の悩みがいかにちっぽけなものか実感して、明日からもうちょっとがんばろうと思えるように。