Rail or Fly

レールに乗るのか、飛び降りるのか、迷っているきみに届けたい。

White Light/White Heat - The Velvet Underground / きみは、この白い熱を感じるか。ロック史に残る傑作。

クールに、しかし心たぎらせて。

白熱、という日本語の直訳がぴったりな、The Velvet Undergroundの2ndアルバム。

例えば宇宙に浮かぶ星の温度を知りたい時、その星の色を手がかりにすればよい、という話は、聞いたことがあるかもしれない。赤よりも黄よりも、白い炎は高温である。そう思って本作を聴けば、'White Light/White Heat'の意味するところが、なんとなくわかるかもしれない。

冷笑、熱情、そして狂気…。人間が見せる、さまざまな感情を、耳にこびりつくノイズとポップなメロディで描き出した超傑作。

The Velvet Undergroundの作品群の中では、1stと並んで、大好きだ。



#1 White Light/White Heat

#2 The Gift

#3 Lady Godiva's Operation

#4 Here She Comes Now

#5 I heard Her Call My Name

#6 Sister Ray



アルバムは、タイトル曲の#1"White Light/White Heat"で唐突に始まる。進行は途中まできわめてシンプルだが、サビで巧妙に転調し、最後にまた転調して、非常に不安定な感じで終わる。

その終わり方は、続く#2の内容を暗示しているかのようだ。

White LightとWhite Heatという言葉が何度か出てくるが、White Lightが比較的曲の中でも安定した部分で使われているのに対して、White Heatは起承転結の転のところ(オルガンでおじぎの音を出すときの二つ目の音、とでも言おうか)や、転調した直後の不安定な部分で用いられているのは、何か意味があるのだろうか。

なお、この曲はDavid Bowieにもカバーされている。コンセプトアルバムの名作と謳われる、Bowieの"Ziggy Stardust"。その先行シングルのB面に収録されているようだ。興味のある方はどうぞ。



#2"The Gift"は、詩の朗読の後ろでバンドが鳴っているような、実験的な曲である。

簡単にストーリーのあらましを書く。

遠距離恋愛をしているカップルの男、Waldoが段ボールに入り、交通費の節約も兼ね、サプライズのプレゼントとして自らの身体を彼女のMarshaのところに送る。しかし、彼女と彼女の友達のSheilaは、バカでかいカッターで、箱の中でワクワクしている彼氏の頭を段ボールごとイッちゃってしまう。

(WaldoはMarshaが浮気しないか心配でたまらなくなっている一方、MarshaはBillとかいう男とセックスした、みたいな描写がある。Waldoはとことん報われない。)

ホラーともコメディともつかない、不気味な話である。

この曲は、歌詞の意味がわからないと良さがわからないだろう。特に最後の「彼女(ここではSheila)は刃を突き刺した、それは箱のど真ん中を、テープを、段ボールを、クッションを、そして彼の頭のど真ん中を貫いた。頭はかすかに割れ、鮮血が、朝の陽ざしの中で静かに脈打つ弧を描いた」という部分は、ギターのかきむしるようなノイズと相まって、聴く者を心の底からゾッとさせるはずだ。

曲の雰囲気は明るいけれども、その明るさというのが、まるで狂人が爆笑しているかのような、この世のものではない感じがする。

そしてこの不穏な空気は、#3にも続いていく。



#3"Lady Godiva's Operation"も、#2に引き続き、強烈な曲である。大まかに言えば、ある女性Godivaの手術の失敗の様子を傍観者の視点で描いた物語である。

まず、進行としては、基本となる和音をずっとキープしながら、ところどころ遊びを入れている。スピッツに「仲良し」という曲があるが、あのイントロと、使われている「遊び」の種類は同じだ。専門的に言えば、キーとなるIの和音、Iにナインスの音を加えた和音、それからIのsus4。これを繰り返す。

「遊び」というのは、これらは基本的には同じ音、ということだ。例えるなら、うどんの味付けもおでんの味付けも、同じ昆布というダシを基本にしている。そこにしょうゆなり塩なりで少しアレンジを加える。基本的に同じ音、というのは、同じダシを使っているということ。個々の「遊び」の音の違いは、ダシにどんな調味料を入れるかの差。そんなふうに理解すればよいと思う。

そこに、一つだけ根本的に別のコードが入ってくる。それがVII♭の和音である。歌詞なら、"another curly-haired boy"の"boy"の部分。なんとなく、ふわっとする感じがする。

実はこの曲に、一度だけ"White Light"という言葉が出てくる。それは、Lady Godivaが手術台に横たわり、エーテルをかがされて二度と醒めない眠りについたところである。音の進行としては、VII♭の和音が使われた後、もう一度安定感のあるIの和音に戻ったところだ。

#1とこの曲を考慮すると、"White Light"は安定を、"White Heat"はカオスを、それぞれ象徴しているのかもしれない。

手術を始めたあたりから、Lou Reedの叫ぶようなボーカルが乱入してくる。緊張が高まり、そしてLady Godivaの手術は失敗へ…。John CaleとReedのピリピリした関係があったからこそ、このテンションが生み出されたのだろう。



#4は一転してサウンドの優しい"Here She Comes Now"。

1stアルバムの"Femme Fatal"とか、"I'll Be Your Mirror"とか、あるいは3rdアルバムを通して見られる感じのサウンドだ。

実際、これら2曲と同じく、はじめはこの"Here She Comes Now"もNico(1stの"The Velvet Underground & Nico"に登場するNico。1stではボーカルも何曲か務めている)がボーカルを取る予定だったようだ。しかし、'White Light/White Heat'がレコーディングされた時点ですでにバンドはNicoとの関係を解消していたため、Reedがボーカルを取った。

#2、#3は歌詞に物語があったが、この曲は非常に抽象的だ。ひたすら「彼女は今来るから、絶対(ever)来るから」と言っているだけ。

あるいは、everには「いったい」という意味もあるので、「いったい彼女は来るのか?」という意味にも取れなくはない。

いったい、どういう意味なのだろう?



そんなふうに?マークで頭をいっぱいにしながら、海外の歌詞解釈サイトを見てみると、おもしろいことが書いてあった(http://songmeanings.com/songs/view/36383/)。

この曲は、#5"I Heard Her Call My Name"と対になっている、と。

そのコメントを書いた人によれば、#4は、#5で"she's long, dead and gone"と歌われている死んだ女の子が、もう一度蘇るのではないか、と、コカインの夢の中で期待している曲だ、という。

そして、#4が唐突に終わった直後に#5の激しい(あのIggy Pop率いるThe Stoogesの音作りに強く影響を与えたという)サウンドが鳴り始めるのは、眠りから醒めた男を表現しているのではないか、と。



ふむふむ、と読んでいたのだが、僕の頭には突然別の解釈が浮かんだ。

#4、#5に加え、#2 "The Gift" を加えて、解釈は完成するのではないか。

つまり、#4で夢を見、#5で暴力的な歌詞を歌っているのは、#2で彼女のMarshaの親友Sheilaに頭をカチ割られて死んだ彼氏、Waldoだ。

そのような解釈が成り立つ根拠は3つ。1つは、それぞれの曲で用いられていることばが共通していることから。残り2つは、時間の流れが似通っていることから。

1つ目。言葉の相似点。#5の最後で"my mind split open"とあるが、この表現は#2の"Waldo Jeffers head, which split slightly"と酷似している。mind=headだと考えれば、どんぴしゃりだ。

「心は脳にある」とする考え方を心脳一元論と呼ぶが、この考え方は20世紀前半の生物学の進歩とともに広まった。このアルバムが出された1968年当時のアメリカでも(付け加えれば今でも)、心とは脳のことだ、という考えが一般的ではなかろうか。(一元論と二元論の哲学的な議論はここでは避ける。)

2つ目。時間帯。#2のラストで、Waldoが死んだのは"in the morning sun"から、朝だとわかる。一方、#5で"I heard her call my name"つまり「彼女が俺の名前を呼んでいるのが聞こえた」のは、"When I wake up in the morning"、朝目覚めた時だ。ぴたりと一致する。つまり、死にゆくWaldoはMarshaが必死に呼びかけている声を聞いたのではないか。

3つ目。日付。#2では、Waldoは木曜日に自分を段ボール箱に詰めて配送するというアイデアを得、金曜日の午後に郵便局に引き取られた、とある。そして、Marshaの描写として「ひどい週末を過ごした」"It had been a very rough weekend"というものがあり、その直後に段ボールが届けられるので、荷物が届いた日(つまり、Waldoが死んだ日)は週明けだと考えられる。

一方、#5では「欠陥品みたいな月曜日からずっと」"Ever since I was on cripple Monday"とあり、もしWaldoが月曜日に死に、死後の世界でこの曲を歌っているとすれば、ぴったりだ。

ついでに、#2でWaldoが運ばれるのはペンシルバニアからウィスコンシンまでだが、現在アメリカ合衆国内で荷物を郵送しようとすると、7営業日から10営業日かかる、という情報を見つけた(http://answers.yahoo.com/question/index?qid=20101230201213AA1NpM8)。つまり、金曜日に荷物を預けたなら、翌々週の月曜日に届けられることは十分ありえる。まあ、現代の郵便サービスを昔にそのままあてはめるのはどうかと思うけど…。

#4、#5の歌詞の解釈をまとめると、これらの曲に出てくる人物のうち、男は#2のWaldoを、女は#2のMarshaを指している。WaldoがMarshaとSheilaによって月曜日あたりに殺される(#2)。彼は死にゆく中でMarshaが自分の名前を呼んでいるのを聞き、事実とは逆に、Marshaが死んでいると思いこむ(#5)。そしてさらに夢の中に入っていき、デートの前、Marshaが今にも来るところを思い浮かべている(#4)。こんな感じだ。

まあ、完全に妄想なんだけど、調べてみると案外共通点が多かったので、解釈の1つとしてありえるかもしれないなぁ、と思う。



さて、最後の#6 "Sister Ray"。問題作だ。なにせ17分もある。

乱交の曲だとか、同性愛の曲だとか、いろいろ言われているけれど、僕は歌詞よりもむしろ後半部分に挿入されているインプロヴィゼーション(即興)に注目する。

ロックのスタジオ・アルバムにインプロヴィゼーションが入ることは、少ない。入れるとしたら、それはライブバージョンとか、そういう「おまけ的」なトラックになる。

しかし、The Velvet Undergroundは、それをあくまでアルバムを構成する曲として入れた。

それはすなわち、意識の溶解、エクスタシー、そういったものを、一度きりの、没頭しきった演奏をテイクすることで、表現したいと思ったからではないだろうか。



このアルバムを聴いた時、村上龍の「限りなく透明に近いブルー」が思い浮かんだ。

両者ともに、ドラッグ、セックス、暴力といった過激な描写がなされている。

実際、「限りなく透明に近いブルー」で何度も象徴的に取り上げられる音楽は、サイケデリックロック(薬物で感じるエクスタシー状態を体現した音楽)と言われるThe Doorsである。意識の変性がテーマ、という意味では、The Velvet Undergroundがこのアルバムでやっている音楽と、そう遠くはない。

しかしそれは、表面的な共通点に過ぎない。むしろ、「限りなく透明に近いブルー」と'White Light/White Heat'は、対になるべきものだ。

どのような点で対になるかというと、前者はめちゃくちゃ醒めているのに対して、後者は完全にイッちゃっているという点である。



「限りなく透明に近いブルー」では、乱交パーティーの様子も、暴力事件の様子も、「そんなこと書かなくてもいいんじゃないの?」という事柄まで、細かく描写されている。

これは、個々の仔細な事柄が大切だということを表しているのではない。

どれだけドラッグやセックスにおぼれても、主人公には周囲を見わたし観察する余裕があるほど醒めてしまっているということの表現なのだ。言い換えれば、そんなふうに俯瞰的になってしまう自分を忘れるために、乱交や薬物に手を出しているとも言える。

一方、'White Light/White Heat'では、"Sister Ray"のインプロヴィゼーションが象徴しているように、醒めているようでいて、もはや意識はぶっ飛んでいる。

きっとその温度差が、「透明に近いブルー」と「白い熱」というタイトルの違いに、現れているのだろう。



長々と書いたけれども、'White Light/White Heat' - The Velvet Undergroundは、本当にクールでポップな作品なので、ぜひ一度、聴いてみてほしい。絶対に損はしないはずだ。



新装版 限りなく透明に近いブルー (講談社文庫)

新装版 限りなく透明に近いブルー (講談社文庫)



White Light White Heat

White Light White Heat







関連記事:'The Velvet Underground & Nico' - The Velvet Underground / Andy Warhol が遺した、ロックという新しい芸術のかたち。